新刊の平積みの中で見つけたとき変な声上げたかもしれない

乱鴉の島

乱鴉の島

発売日に買いましたよ、その日に読みましたよ、ほくほく。今回アリスがやたら若返ったようなイメージがあるんですが、この間のドラマ関連で有栖川氏本人(作者)をしょっちゅう見ていたからかもしれません。そう言えば子供に好かれるし(『絶叫城殺人事件』収録の短編)、運動神経も悪くないんだった(『ジャヴァウォッキー』)。
以下本編感想。


眠い頭で読み進めてしまったせいかもしれない、と予め自分で自分に断っておきます。




本は厚いけれど、何でこんな厚さになったんだ?というのが感想として出てきてしまったのは、自分としてはちょっと……。『マレー鉄道の謎』でも有栖川氏が「火村に代表作を作ってやりたい」と言っていたので*1、恐らくこれもそうなればいい、と願われて生まれた作品なんではないかと思います。烏の集う不気味な孤島、謎の集団、陰鬱な死を遂げた死体。どれもミステリィ好きとしてそそられなければ嘘だろう、ってな設定に、オタクビジネスで時代の寵児となった若い男、遺伝子学といったいわゆる流行のテーマは、詰め込みすぎな様で、どうにも後者が噛み合わせ悪い。どうも調べた事を並べただけの印象を感じてしまう面があって、オタクに関しては『ダリの繭』や『朱色の研究』で「作家アリス」の自然な考えとして述べられていた部分があっただけに残念に感じてしまう部分が多いです。遺伝子云々は本筋に大きく関っているんですけれど、「自分の子供をなくした伴侶に見立てる」の未来版なのかな。動機については、どうせならいきなり出てくる過去の因縁なしに、ただただ純粋に「崇高なる計画に汚いものが入り込んでくるのが許せなかった」という方が、気持ち悪くて好きかも*2。それと、『46番目の密室』や『マレー鉄道の謎』では成功していると思うし私自身どっちもすごい好きな作品だけれど、基本的に火村は「自ら事件に飛び込んでいく」方が良いのかもしれません。


で、実際のトリックの方は取り立てた捻りもなく、ここは素直に地味、と言い切ってしまって言いと思う。そしてそれを推理によって指摘するのが一番のメインですが、推理において、論理の飛躍があるとか、全ては可能性の集合体であるとか、そういう事は理解しているけれど、何だか火村先生の歯切れが悪いように感じてしまって、逆に戸惑いを覚えたりもしました。


この歯切れの悪さは有栖川氏本人が「話の後半の意外な事実(展開)で驚きたい、とは全く思わない」と考えてるのに起因するんではないか、と勝手ながら推測。というのも、この話出だしから最後まで「この事件はとても不思議だった」と、何度となく煽るんですが、どうも煽られない。何でかといえば、クローン研究の最先端をいった医者、時間が足りないという社長、最愛の妻をなくした大作家等々、「分かりやすい」んですね。私は有栖川作品においてはそれが悪いとは思わないし、実際今まで分かりやすくてもそこに引っかかりを感じる作品は皆無に等しかった様に思うんです。何故なら、それは火村の謎解きに関係がないから(不要と言い換えてもいい)。動機だ因縁だと言うのは軽く触れるけれど、それを喋ったり考えたりするのは主に探偵としての役割から外れている作家アリスの担当。それが今回、犯人を引き摺り出すにはどうしてもその動機、繋がりを引き出さなくてはならなくなってしまっている。これもまた、火村が解く謎となれば読者にもある程度推測のつく書き方がされていてもやはり問題がない、むしろそうあるべきでさえある。では何が問題か。それが「この事件はとても不思議だった」と煽っているところなんです。


こうして煽る以上、読者としては「ああ、不思議だった」と思いたいけれど読みながら分かってしまえばある程度は不思議だけれど「煽られるほどの不思議」を感じるのは難しい様に思いのです。ハードルが上がる、ってやつですね。元々、読者は紙の中の出来事とは全く無関係な存在で、例えば火村が知りえないアリスの独白でさえ全て「自分の材料」として手に入れる事が出来る特別な視点を持っているからこそ、名探偵が頭をフル回転させて時間をかけて解く謎を、遥かに簡単なエネルギー消費で解く事が出来る。その時点でもう、すでにハードルは高い。更に前述してるように「驚かされたいと思って小説を読まない」という有栖川氏ですから、結果私は、煽りなれてない煽りきれてない、という印象を受けるに至ったのではないかと。
ここで言いたいのは、有栖川氏の技量が足りない、というのではなく向かないのではないか、という事です。現に、有栖川氏の生み出すロジックは、驚かす事に力を注いだその辺の推理小説(っぽいもの含む)では決して味わう事の出来ない、そして容易に真似する事さえ叶わないと思わせるに十分な美しさで存在してる。
とまあ、結局のところ有栖川作品にとても期待し、魅力を感じ続けているからの感想です。この作品に好きなところも沢山あってそれを挙げる事もできるけれど、この人の作品には真摯に向かいたい、とも思うので、私なりに真剣な感想です。





追記
ようやっと自分の感想書いたので人の感想見て回ってるんですが、「わ、私だって火村先生にきゃあきゃあ言いたい」とか「あの場面綺麗だったって思ってたもん!」とか子供か!(@タカアンドトシ)、って事を思います。ホント、子供か!

*1:火村シリーズの代表作,というより有栖川有栖の代表作として『双頭の悪魔』に並ぶような位置に就ける火村シリーズの作品,という意味なんだと思う.

*2:逆に共感しやすい方が好きな人もいるだろうし、私の場合悪趣味といえば悪趣味な要望.